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ADHD大学生の日々

二度目の大学生活を送る、成人ADHD。コンサータその他服用中。

ADHDという視点から、幼少期の頃を思い出してみる②

こんにちは、もちこです。

前回は、かなりさかのぼって幼少期の頃を思い出していました。

今回中学以降の時期を思い返して、もっとも印象強く思われるのは、衝動性でした。

衝動買い・衝動的な発言の多さ

買ったはいいものの、クローゼットに眠ったままの服は複数ありますし、玄関に袋を置いてそのまま…ということもよくあります。

衝動的に人を傷付けるような発言も多くありました。高校生の頃、家族が入院して精神的に不安定になった頃が特にひどかったです。人間関係が一気に瓦解してしまい、家には一人で、夏休みにもかかわらず引きこもっていたのを覚えています。

大学以降の恋人相手でも、ひどいことをかなり言ってしまいました。そして自分の言ったことでどん底まで落ち込む、それの繰り返しです。病院に行こうと思った直接のきっかけは、これでした。二十余年かかって、ようやく大事な人を傷付ける罪の重さに気付いたんです。今もともにいてくれる人には、頭が上がりません。

多動は多少収まり始めていたものの、不注意はそのままずっと続いていました。大学に入ったはいいものの、一人暮らしで朝は起きられない、先延ばし癖が出てレポートはぎりぎりで出来もよくない、講義に興味がなくてさぼったり別のことをしたり…。学校では衝動的な発言はあまりありませんでした。というのも、友人を作る段階でつまずいてしまったので、言う相手がいなかったのです。そういったことが重なり、「なんとなく」で大学や学部を決めた私は、将来のビジョンも見えず、結局退学してしまいました。

 

こんなに兆候があっても…

これらはADHDと診断された今、ADHDのことをそれなりに理解した上で振り返ってみて、気付いたことにすぎません。

自分自身は何か他の人とずれているな、と私が気付いたのは最初の大学に入学してからでした。それでも、ADHDだと思い当たりませんでしたし、環境が変わったせいだと思っていました。

私はもともとインドア派で、ゲームやネットが大好きでした。過集中ゆえか、時間の許す限り遊んでいて、ほぼ依存のような状態だったと思います。ファッションは今ほど頓着がなく、流行りの楽曲やドラマなどはほとんど興味がありませんでした。(この辺りは、自閉症スペクトラムの特徴である限局的な興味なのかもしれません)周囲との話題の種くらいの認識で、それらのチェックも興味が持てないので疎かになりました。この頃は、流行りのものに興味が持てないのはオタク趣味だからだろうと思っていました。

中高一貫の学校で育った私は、大学に進学すると、新しい友人を作ることがあまりにも久しぶりすぎて戸惑いました。いつの頃からか、人見知りが激しく、人に話しかけることができませんでした。誰かが声をかけてくれるのをじっと待っていて、今にして思えば幼子のようでした。

同じクラスの子が声をかけてくれましたが、講義のこと以外で共通の話題が見当たらずどうしたらいいかわからなくなってしまいました。サークルもピンとくるものがなく、とぼとぼ登校してとぼとぼ帰宅する日々が続いていました。

 

自分を変えたい!と始めたアルバイ

大学3年になる春、書店でのアルバイトを始めました。お金を稼ぎながら、人見知りが治れば…と思ってのことでした。大きなお店で、主な業務はレジ打ちでした。たまに新刊入荷時の在庫管理もしました。臨機応変に対応することが求められる接客業。自分の特性をよくわかっていなかった私は、いろいろなところでつまずきました。

基本的なことは、数をこなすのでできるようになりました。声も、途中から小さくなくなりました。けれど一つ、できないことがありました。

質問をすることです。

研修中、先輩や上司が言葉で教えてくれることを必死にメモしていました。こういうときはこうする、これを聞かれたらこうご案内する…。とても優しかったと思います。しかし、そこから派生する質問が思い浮かびません。結果イレギュラーが起きるとパニックになり、固まってしまうこともありました。お客様に怒鳴られても仕方ないレベルでしたが、お客様が優しくて救われたことも多かったです。私より後に入った子達は、多少のミスはあれど、質問をしたり、会話をしたりして乗り越えて行きます。

何か違うのか?何が?

働き始めてしばらく経ち、クリスマスがやってきた頃、その答えに近いものに突き当たりました。

クリスマス前の書店はお子さんやお孫さんへのプレゼントを買い求めるお客様でいっぱいです。お店ではお買い上げ頂いたお客様へラッピングをサービスしており、クリスマス前は混み合うため、アルバイトの店員もラッピングの研修をして手伝っていました。

私もその研修を受けました。他のアルバイトの子二人と一緒でした。上司が口頭でラッピングの手順を説明しながら、お手本を見せてくれます。やってみて、と一言。他の二人はすらすらと見せてもらった通りにサンプルの本をラッピングしていきます。一方私は大苦戦で、手取り足取り教えてもらいましたが、かなり時間がかかりました。

私はこのときはっきりと思いました。耳だけで情報を処理しようとすると、うまくいかないということを。

何かがおかしいと初めて気付きました。耳からの情報をうまく処理できず、短期記憶にとどめておくことができないために、何を聞けばいいか、何をすればいいかわからなくなっているのではないかと思います。お客様がよく質問することは、数をこなして長期記憶になり、特に混乱しないのかもしれないと。さらにマルチタスクも苦手で、見ながら・聴きながらメモをとるのも難しいのだと思います。ただ、これは病気か何かなのか、それとも自分の要領が悪いだけなのかわからず、そのまま放っておいてしまいました。

その後私は大学を退学し、アルバイトも辞めました。一度実家に戻りましたが、紆余曲折を経て今の大学に入学しました。専攻を心理学に変えました。なんとなく感じていた、育ってきた環境のおかしさや生きづらさの正体を知れるかもしれない…そういう思いでした。

引っ越して病院に行こうと思っていましたが、なかなか行けませんでした。今度の生活は楽しく、それにかまけていました。ところが、朝起きられない日が出てきました。でも、レポートはそれなりに計画を立てて書けてる…だから大丈夫。先延ばし癖でしょうか、頭から抜け落ちるせいでしょうか、病院が意識から遠ざかっていきました。

すべてを失う前に

前述の通り、病院に行くきっかけは自分が引き起こしました。大事な人を衝動的に言った一言でひどく傷付けてしまったのです。食欲がなくなるほど落ち込んで、病院に行くことを決めました。ネットを見ていて、発達障害の特性なのではないかと思っていたので、心療内科を受診しました。そして現在に至ります。

 

以後は比較的最近の話になりますので、またの機会にしようと思います。

もしあなたが人間関係を築く上でご自身の衝動性に困っているのであれば、私のように大事な人を傷付ける前に病院を受診し、対策を講じてほしいと思います。