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ADHD大学生の日々

二度目の大学生活を送る、成人ADHD。コンサータその他服用中。

ADHDという視点から、幼少期の頃を思い出してみる①

こんにちは、もちこです。

私は成人してからADHDと診断されましたが、ADHDと診断される基準のひとつに、12歳頃までに症状のいくつかが見られるというものがありますね。

それを元に、私が生まれてから今までのことを思い返してみることにしました。

今回は、幼稚園~小学校時代を主に思い返しています。

不注意・多動性・衝動性はあったのか?

結論から言うならば、あったと思います。

 ただ、著しい多動(授業中に席を立ったり、教室を歩き回ってしまう)に関しては、小学校に入学したばかりの頃に、担任の先生に厳しく叱られ、なりを潜めました。彼女には今でも感謝しています…。

代わって現れたのが、髪を触ったり、足を動かしたりする癖だろうと思います。これは今も治っていません。

この頃の衝動性についてはよく思い出せません。しかし、現在もみられないとは言えません。私自身は中高以降、もっと正確に言うなら大学以降、かなり気になりだした性質です。

不注意は主に勉強面に現れていました。四則演算の初歩的なミスがいちばん多かったように思います。宿題はしばしば忘れたり、先延ばし癖でやらなかったりといったことがありました。参観日の懇談会の出欠を母に書いてもらい、学校に提出しなければならないのに、母に見せるのを忘れることもしょっちゅうでした。

 
◎いまになって振り返らなくてもいい?

こうして振り返るのには、理由があります。

ADHDと診断するに至る、こうした兆候を見逃されていたからです。

それが悪いとは思っていません。およそ15年前ですので、ADHDが広く認知されているとは到底言えない状況ですから、当たり前とも言えます。それに、わかりやすい兆候である著しい多動はすぐになくなってしまいましたし。

そしてもうひとつ。私は高校まで成績が良かった。教科書もあり、記憶しやすい形で授業が展開され、興味もありました。数学だけはてんでダメでしたが、センターまでにそれなりのレベルになりました。体育?知らない子ですね。

念のため、自慢なんかではありません。昔取った杵柄というものです。いまも成績優秀で、大学を退学せず就職できていたらどんなによかったか…。また、最初の大学では、成績と実際の『頭の良さ』に大きな隔たりがあることを思い知らされました。

いずれにせよ、大学になってADHDの特性をわかりやすく自覚するに至った人間は、ここにもいるということです。実際に病院に行くまでは、かなりかかりましたが…。

次回は、中高と最初の大学に通っていた頃のことを思い返してみようと思います。